Monday, October 18, 2010

Paris day 273 いとこ

今日は昨夜からの頭痛のせいで半日休んだ。そもそも今日は夕方少し明日の仕事の準備をするくらいしかできることがなかったし。

今日母方の従妹からメイルをもらった。おばと二人で中欧へ旅行に来ていたらしい。うちの母には兄が一人いる。その伯父夫婦にも一人っ子の娘がいる。私と同い年。私が大学院生、彼女はすでに社会に出て働いていたが、二人でよく旅行に行った。私が始めてパリに来たのも彼女とだった。1999年の11月。二人で泊まったプチホテルのそばに今私は住んでいる。もう11年も前のことだけど、記憶力というか土地勘というかはなかなかのもので、パリに来てすぐの頃、あれ、この辺知ってる。。と思ったらスイスイとホテルまでたどり着けた。

そんな唯一の母方の従妹なのだけど、今年の二月に祖母が亡くなってから、なんとなく避けていた。彼女の両親、伯父伯母が、遺産の相続のことで母を苦しめていたからだ。祖父が入院し、亡くなっても、まったく何の手伝いもしてくれなかった。私と祖母と母の三人つきっきりで介護した。その後、祖母が一人で暮らしていくには年を取りすぎてきていても、相変わらずなんの手助けもせず、母が毎日食事の準備や掃除をしに通っていた。そのおかげで、母は祖母を残して旅行ができず、私のヴァージニアの二軒目のアパートにはとうとう遊びに来られなかった。そこまで祖母の面倒をみた母に対し、祖母が亡くなったら、母が譲り受けるはずだったもの(家と土地)まで売りに出して半分よこせと言ってきたらしい。母は、’了承するけど、これは母の願ったこと(祖母は私の両親にあの家に住んで欲しかった)とは全く違うってことを覚えておきなさい!’と泣きわめいたそうだ。父ががむしゃらに働いてくれたおかげでうちにはそこそこ自分たちが食べていけるお金はある。私も自分の生活は自分で面倒みれるくらいは稼いでいる。遺産の配分を怒っているのではない。ただ、祖父が手をかけてきた庭園、祖母のアイデアがたくさんつまった設計の家、あれを売ってしまえと言えることが私にはどうしても腹がたった。母も同じ思いだった。

そんな中(4月か、5月だっただろうか)、彼女がメイルを送ってきた。夏にパリに遊びにきたいと。私はどうしても会いたい気分じゃなく、夏には引っ越ししなくてはいけないんだけど、いつ、どんなことになっているかわからないので。。と断った。自己嫌悪に陥ったが、会いたくないときに無理矢理会って喧嘩とかになるより、その方が良かったんだよ、と言ってくれた人がいて、すくわれた。でもその後もずっと連絡を取りづらくて、後延ばしあと延ばしになっていた。

両親が来月ドイツに来ることになり、頻繁に連絡を取るようになって、彼女と伯母が中欧に旅行に来ることを聞かされた。祖母は私と従妹にいつもお小遣いをくれていたが、従妹には、そのお金で私を訪ねて行きなさいと言っていたらしい。二人ともこんな年になっても結婚もしていない一人娘、両親が先立ったらこの世でひとりぼっちになる。仲良く助け合っていきなさいという祖母の願いだったのだろう。4月に連絡をくれたときにも、そんな祖母の意思をうけてのことだったそうだ。それが、私の冷たいメイルのせいで、その後の長い沈黙のせいで、心を折ってしまったに違いない。母に連絡をとってきて、祖母からのお金を私のところではなく、伯母と旅行に行くために使って良いかと許可を求めてきたそうだ。

勇気をだしてメイルしてみた。新しい住所と、アパートも落ち着いた旨を伝えた。そしたら、今日旅行の写真付きで返事をくれたのだった。今度はいつお休みが取れるのだろうか。休みが取れたところで、私に会いにきたいと思ってくれるかどうかはわからないが、近いうちにお互いのわだかまりも消えて会える日が来るのを待っている。

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