両親は昨夜8時頃の飛行機で帰ったはず。来るときに母が機内食にあたり酷い目にあったので(たまたま彼女が疲れていたとかで食あたりを起こした模様)、今回も少し心配。だが、なーんの連絡もない。やっぱり私って、この親にしてこのコ有りの典型だったんだわ(筆無精)・笑。日記だってこの歳になるまで付けたことないし。
それにしても、両親滞在中はたくさん話したなぁ。母はもう随分前から友達のような関係が続いている。ちゃんと私を信頼して、私の信念に従っての行動である限り(でも責任は自分で取るように・笑)指示するという姿勢でいてくれている。一方父は、定年退職する前は、とにかく接触するのが苦手だった。誰もが知っている大手企業のナンバー2の座に(常にトップはヨーロッパの本社から派遣された非日本人)定年まで何年もついていた。忙しさとプレッシャーとストレスの元では仕方が無かったのかもしれないが、とにかく威圧的で短気で触らぬが仏を地でいっていた。なにか意見が対立しても話し合いがもてるような相手ではなかった。子離れできてない本当は超甘やかし父ちゃんのくせに、それを隠すためか、子供の頃からとにかく厳しくて、愛されているとは思えなかった。大人になってからは、心配してくれていることの裏腹なのか、なにかというと私をunderestimateし、仕事をかわると言えばクビになったと信じ込み、クビになった訳ではないと言えば今度は私の英語が酷すぎるからミスコミュニケーションで辞めざるを得なくなったに違いないと信じ込んでいた。私がパリに引っ越し完了したと連絡したとき、ホントに引っ越したのか、大したもんだと言った(移動することはしたけど、実情は自分一人じゃどうにもならんかったけどね。。苦笑)。オヤ?何か変わったなと思ったのはこの時か、パリとヴァージニア大学から仕事のオファーがあって迷っていると相談したときかな。
でも私も父に一目置くようになった。今回の旅行でも、母には荷物を一切もたせず、ホテルでの交渉ごとからレストランの予約、すべて自分で英語でやっている(フランス語じゃなきゃダメなところは私に頼るけど、それって全く意味ないってことに早く気がついてください・笑)。それに簡単には怒らなくなった。この変わり様といったら。ちゃんと話し合いができるという気がするから、きちんと話をするのが億劫ではなくなった。以前は、話したところで、どうせ、一度ダメと言ったらダメ、聞く耳など全くもたなかったから、話をする気にもならなかった。今の感じだったら、どれだけ一緒にいても苦にならないだろう。また一緒にどこか行きたいと思うし、またすぐ遊びにきてほしいとも思う(残念ながら仕事のオファーがあったようだが)。でもまぁ、数ヶ月はこないな。。しばらく’母さんの作ったご飯が一番おいしい’といって、もりもり日本食を食べたいだろうから・笑。
もちろん父は全部英語でビジネスをしていたわけだけども、父が本格的に英語の勉強を始めたのは40すぎてからだ(そうだ)。私のフランス語もあれくらいモノになるだろうか。。
Tuesday, April 13, 2010
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